◆七部袖
 一応は砂の国のお姫さんだから、とシカマルは里の入り口まで出てテマリが到着するのを待った。彼女は少し前までは護衛に上忍一人をつけて往復していたのだが、ここ最近は一人で木の葉へ来る。
 砂から信頼されたのかと思ったら、もう供などいらぬというテマリの我侭が通ってしまっただけのようで、だからシカマルは砂を安心させるために出迎えを怠るわけにはいかないと感じていた。
 夏が近付き、日差しは心なしか厳しくなってきたように思う。木陰で涼みたい気分に刈られながらも、シカマルは懸命に、心持ちを張りつめて門の傍に立ち続けた。
 ほぼ定刻通りに、道の彼方に人影が表れる。知らずのうちに背筋がのびるのは、使命感からだ。他の感情などない、とそう思う。それなのに意に反して思考はただ巧い挨拶が出来るようにと働く。これもたぶん、砂への礼を欠かぬようにと、そういう事だ。ただ、それだけだ。
 テマリはもう、目鼻立ちが分かる距離まで来ている。いつもの七部袖ではない。肘の露になった半袖の黒服。額あてをきりりと巻いて。
 何ヵ月ぶりかで見る彼女の姿に、もう言い訳は思いつかない。礼儀でも使命感でもない。ここにこうしているのはどうしてか。
「久しぶりだな」
 テマリは目の前で歩みをとめると、にこりと口の端を上げて笑った。シカマルの建前を全て白紙に戻す笑みだった。


◆恋愛感
 女ってのは、物腰が柔らかくけれどはきはきとしていて余裕があって、花や甘い焼き菓子なんかを好むものでなくちゃいけない。芯は強くても気が強くちゃいけない。姦しいのはごめんだが、うじうじと陰湿なのも遠慮したい。ちゃらちゃらと着飾ったり、厚化粧する女もだめだ。
 好きな子は誰と聞かれるたび困ってしまうシカマルが、ならどんな子が好きなのと訊かれて出す答だ。
 口に出すのも面倒なほど長ったらしい理想は、更に長ったらしく続いていくのだ―――。
「好きなやつとか、いないのか」
 テマリがそう尋ねるから、うっかり全部喋ってしまいそうになった。
 答を待つ彼女は普段は陶器のように白い頬をうっすら桃色に染めて、後悔するように唇にフォークを押し当てていた。
 シカマルもあっけにとられて言葉を返さずにいると、言いたくないならいいんだ、と潔く言い足した。
 本当は言ってみたかった。そんな理想の女に会えたら、波風立たない水面下でお互いに必要としあうような、そんな関係を築けたらと思っていると、言ってみたかった。
 奇麗事にまみれた非常に否実用的なこんな恋愛感、テマリは理想論だと嘲笑うか、ぴったりだと微笑むか、どちらだろうかと、タルトをつつきながら考えた。


◆付焼刃
 いくらキスをしても、抱き合っても、僅かでも離れてしまえば意味のない事のように思われた。
 感傷的になってしまう自分を恥じながら、テマリはそうやって何度でも敗北を味わう。シカマルにその気はなくても、だ。
 いつ死ぬかわからない不安。弟達を亡くしかけてから、不安は拭っても消えないのだった。
「んな顔すんなよ」
 ただの護衛任務だとシカマルは苦笑う。
「すぐピンチになるお前が護衛だなんて笑わせてくれる」
 テマリも合わせて笑おうとして、まるで泣く前のように顔が強ばるのを感じた。
 シカマルは―――いつのまにか身長は自分を追い抜かしていて、少し上の目線から―――髪をおざなりな感じで撫でてくる。
 少しだけ溶けていく不安。顔をあげ、シカマルを見やれば、に、と少し笑った。付け焼刃の安心感に、ようやく笑って言う事ができる。
「いってらっしゃい」


金曜日
 我愛羅が里長になったとき、「姉上は好きに休んでもらって構わない」と宣ったので、私はとても腹が立ってあの子をきつく叱りとばした。何の為に私が修業してきたと思ってるんだ、馬鹿にしてるのか、と。
 それでもあの子は頑なに、他の忍よりも多めの休暇を申請するよう言ってきた。
 砂では休日は決まっておらず、申告から交替で任務にあたるのだ。木の葉は違っていて、一部をのぞいて基本的に毎週末が休みらしかった。
 金曜日、私は2日を木の葉で過ごすため簡単に荷物をまとめる。その隣にきて、我愛羅がとても嫌そうな顔をする。
 あんなに休暇をとるよう言っていた子なのに、まるで非難しているみたいな顔を。
 私は彼に会うのがとても楽しみなのに、そんなこの子を見ていると、週末が恨めしく思えてくるのだ。こんな気持ちになりたいわけじゃない。
「すまない、我愛羅…」
 ふと口をついて、謝罪が出てきてしまった。誤魔化すように、いない間よろしく頼む、と続けた。
 無言で頷く我愛羅を見て、申し訳なく思うのは確か。それでも、浮き立つ気持ちは押さえられなかった。