「本当の自由などどこにもないぞ」


 


雲は自由でいいなと思う事はよくあった。
けれど、彼女にそれを告げていた覚えはシカマルにはなくて、漂いだしそうな曖昧な気分のまま、空から地上に目線を戻した。
傍らに立ったテマリはいつも通り背におおきな扇子を背負っている。少し強く吹く風に、きゅっと括り分けた金髪がふわりとゆれる。唇に笑みは浮かんでいない。いつも何かに不満があるような表情はきっと自分に似ているのだろうとシカマルは思う。
何でオマエはそう思うんだと尋ねるのも煩わしくてしかめっ面をしたままでいると、どうしてか彼女はすいと視線を遠くに向けた。
「気付いていないほど馬鹿ではないだろう?」
「何がだよ…つーか、買い被るな」
「私は過小評価もしないし、買い被りもしないよ」
テマリがちらりと横目で一瞥をよこす。偉そうに、とシカマルは思う。
「雲は自分で行き先をきめられない」
ただ風に流されているだけだとテマリは続けた。形をかえて、そしていつかはかき消される。誰かに捕まえられることすら許されない不安定さ。
シカマルは彼女の眼を見つめた。こちらを向いてはいない視線。瞳の色が珍しい。木の葉では見られない色。空に向けられていたそれらが、ふいに自分の方へ収束して、またシカマルの息をつまらせる。悟られないように眉間に力を入れる。
「それでもおまえは雲を望むか?」
試すように微笑んで、テマリがシカマルの返事を待つ。首を横に振らないという選択肢は出てこなかった。それでいいとは思えなかったが。シカマルは静かに、ゆっくりと首を小さく縦にふった。
テマリはなぜか満足気に笑みを深くした。
「それなら」
すべてを気持ち良く翻す強い風をさえぎろうとしたのかと思った。
すらりと手が伸べられる。
「私がおまえの風になろうか」
どうやってこの手で大きな扇を操っているのだろう。白くて自分よりずっと繊細で。
この手をとったらどうなるのだろう?
何を得るのだろう?


その戦いの姿を彷彿させる、凄惨な笑みをする。綺麗で、鋭い笑顔。
「おまえに程よい自由と束縛を」


知らず、シカマルは、その手を取らないための理由を考えていた。仮にも自分は中忍だから。木の葉には恩があるから。抜け忍になるのはめんどくさい。女に頼ることなんてできない…。
どうしてどれもしっくりこないのだろう?
もやついたこの思いをどうにかしたいと、シカマルは思った。それなのに微動だに出来ない。指先すら動かせない。動かしてしまったら最後、きっと彼女の手をとるだろうと分かっていた。
――――恐いのか。
ふと辿り着いた考えに思わず視線が下におりる。それをテマリは見逃さなかった。ふ、と短く吐息をもらして、いつものような退屈そうな表情に戻る。
「…つまらないな」
するりと帯を緩めて背中から大扇子を引き抜く。重みを感じさせる音をならして土に立てられたそれはきっと帰路に使うのだろう。
使うのだろうけれど。
自分より幾許か大きくて華奢な体の造りを。
そのまま遠くへなどいかせたくない。
(風なんだろうが)
掻き消えたりしないはずなのにここでとまっていたらテマリが雲になってしまうような気がした。
体が動いた。両腕を大きく開いて一歩踏み出す。背中にすぐ手が届く。きっとすぐ分かる。しっくりくるはずだ。
驚いた顔などしらない。
二つの腕の中に引き寄せた感触のように。
確かなものにしたかった。







本当の自由などどこにもなくてもせめてこれだけは。

 

 

 

 


ヘコミたくなるのは私だけじゃないでしょうが、
差し上げてしまったという事実に更にへこむわけです。

 

 

 

 

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